Q.お父さんは何故飲食業を志したのですか?(その2)
※その1はこちらから
最初に自分でやったのはコーヒー屋さんだったんだ。
少しして代々木八幡に出した時は、ちょっと洋風なものに憧れてたりして、昼はコーヒー、夜は洋食を出したりしてたんだけど、夜はあんまりお客さんが来なくてね・・・
そんな時に福岡で「炉端焼き」が流行ってるって雑誌で見て面白そうだなーって思って、飛行機ですっ飛んで行ったんだよ。
そしたらお客さんの目の前で干物やら野菜を焼いて出してるだけで大流行り!?
ベリーイージー!僕にピッタリ!!
そんでもって女のお客さんもたくさんいて、尚更ピッタリ!
で、帰って来て焼き鳥の台を2台並べて炉端の焼き台にして、天井から干物をぶら下げて、それなりに見せてやったらこれが初日から大当たりで?
そうこうしてるうちに刺身も出したいねって事で、下北沢に魚メインの居酒屋「ざこや」を出したんだよ。
また、ちょうどその頃に「壁の穴」って言う和風パスタのお店が大繁盛してて、今まで見た事ないパスタで、面白いなーって思ってたら、そこから出た方が代々木八幡のウチのお店のすぐ側にハシヤっていう和風パスタのお店を出したんだよ。
それでしょっちゅう食べに行ってたんだけど、最初は自分には出来ないなって思ってたんだけど、よく見たら大きな釜で麺を茹でて、和風のものと和えてるだけなんだよね!
面白いし、コレは出来るなって思って下北に和風パスタのお店をやったりもしたよ。
ちょうど自分で初めて10年で5軒くらいやってたね。
どこも大きな儲けがあるお店じゃなかったけど、まあまあ順調にやってた。
そんな時に、人生ってのは色々あるもんで?一回それらをゼロにリセットして、人っ子一人通らない経堂の片隅で、5坪の居酒屋を30万円で一人で始めたんだけど、それが今の「楽」の始まりだね。
最初に自分で始めた時からずっとだけど、
面白いそう、簡単、欲張らない!
そんな事だけをやって来たね。
やっぱり背伸びしてるってのは疲れるんだよ。
カカトがしっかり地面についてる商売じゃないと!
アレから約50年だけど、その辺は変わらないね〜
※写真は「まんま屋 汁べゑ 町田店」にて。
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